Vol.8 TAKUさん<後編>

11 Mar,2022 #プロの領域。プロの聖域。

Vol.8

guest
ヘアスタイリスト TAKU




長年にわたり第一線で活躍するクリエイターをゲストに迎え、ファッションからビューティ、ライフスタイルまで。それぞれのこだわりや美のフィロソフィーについて語り合います。







世界を舞台に活躍するヘアスタイリストと語り合う、美の成り立ち、美の可能性。
濱田さん(以下MASARU)

帰国したきっかけは、何だったんですか?

TAKUさん(以下TAKU)

当時、よくご一緒していた世界的ファッションフォトグラファー、七種諭(さいくささとし)さんに「この先、どうするの?」と言われてどきりとしたんだよね。世界のトップオブトップを追い求めていたけれど、それがどこにあるのか、何を意味するのか、自分の中で一度整理しないといけない、と。実績が認められてイギリスの永住権を獲得したんだけど、それと同時期に、二人目の子供が生まれたこともあって、いろいろな意味で自分の「ベース」を考え始めた。子供たちに対しても、日本人としての教育も受けさせた上で、彼らの意志で日本でもイギリスでも、自由に選べるチャンスを与えたい、と思い、東京に帰ることを決意。40歳のときでした。

MASARU 

僕は、日本でヘア&メイクアップアーティストとしての学びや活動をしてきたわけですが、実際、刺激を受けていたのは、モード誌。正直、そのギャップの中でずっともがいていました。世界を知るトップヘアアーティストであるTAKUさんは今、日本のファッション業界をどう見てどう考えていらっしゃるか気になります。並々ならぬこだわりと溢れるエネルギー、そこから生まれる作品のバランスを、どのように保たれているのかな、と。

TAKU

僕は、まったくトップだなんて思ってないけど……! 僕の場合は、こんなものを創りたいと目標を定め、最短でそこに辿り着く「設計図」を頭の中で描いて、それを思った通りにできるのがプロフェッショナルだと思っていて。ただ、今は、創るほうも求めるほうも、どこか「雰囲気」だけでよしとされる流れを感じているのも、正直なところ。今という時代を否定するつもりはないけれど、僕自身は「ベーシック」がないと、プロの仕事はできないと思っているんだよね。朝早くから終電ぎりぎりまで練習した経験も、パリコレでリンダの髪を巻いた経験もそうなんだけど、ベーシックは本当に大切。ベーシックがあるからベーシックを崩せる、ベーシックができるからその先が創れる……。

MASARU 

ベーシックの大切さ、痛感させられます。

TAKU

よく「伝統」と「革新」という言葉が使われるけれど、僕は、伝統をきちんと継承していないと、革新なんてできないと思うんだよね。型を壊すことは、型がないとできないわけだから。それが今は、あやふやになっているのかもしれない、と。自分はひと通りやってきたつもりなんだけれど、それでもまだまだすべきことがあると思うし、日々、その大切さを肝に銘じています。




MASARU 

TAKUさんが仕事を始めたころは、すべてが「想定外」だったと思うんですよね。でも世界を舞台に活躍した経験を積み重ねた今は、どんなフォトグラファーでもモデルでも、きっと「想定内」。僕から見ても完璧主義者だと思うTAKUさんは、そんな中でどのように「パワーバランス」をコントロールしているんですか?

TAKU

前述したように、僕にとっては、ジュリアン・ディスがヘアを担当した一枚の写真がスタートでした。そこから感じたのは、クリエイションは決して誰かのスタンドプレーでは成立しないってこと。フォトグラファー、スタイリスト、ヘア、メイク、モデルと各々持ち場があって、5人とも100点を取って初めて、500点になるんですよね。でも、今のクリエイションは、それぞれが最初から80点くらいを目指している気がしてならない。だから、いくら自分が100点を取っても、500点には到達しない。正直、そのジレンマは、感じています。そこそこいいものができていると信じたいけれど、ただ、10年後も残るものができているかと問われると、できにくくなっているのかな、と思う。スタッフがそこまで熱くなっていないのも感じるし、ね。あっ、100点とは、技術を見せびらかすことでもなく、時間をかけることでもない。チームとしての画創りに向けて、自身の最高のクリエイションをすること……。

MASARU

日本には、大きくモードとコンサバ、そしてティーン、ギャル、メンズみたいな、海外には存在しないファッション業界のヒエラルキーがあって、トップの仕事は海外に行った「エリート」だけが機会を与えられ、その壁は乗り越えられないと思っていました。海外帰り=モードという先入観で仕事が動くというか……。ただ、海外とひと括りにしがちだけれど、ひとりひとり理由や思いが違っていて、それによってアーティストとしてのクオリティには差が生まれるんですよね。クリエイションを求める側がその差をきちんと理解しないといけない。TAKUさんの話を聞いて、そう思いました。

TAKU

僕がロンドンに行ったのは、とにかく「格好いいものを創りたい」という思いがあったから。でも、実際、ロンドンで仕事をするようになって言われたんです。「君の創るヘアはユニークで素敵だと思うけれど、なぜこのヘアかという理由を説明できるか?」。あっ、そうだよな、と思いました。『i-D』を立ち上げたテリー・ジョーンズが「イギリスはファッションの世界の台所」と言ったように、イギリスのもの創りって、出てくるものに対する説得力があるんです。クリエイションにバックボーンが、つまり、言葉で説明できる背景や思想がないといけない。以来、僕は自分が関わるすべてに対して、こうだからこういうヘアなのだ、と説明をするようにしたんです。それは今も、どんな現場でも、続けています。

MASARU

クリエイションにバックボーンを持っている人は稀だし、それに対する受け皿を持っていない人も多いですよね?

TAKU

いや、それは僕のスタイルだから。僕ひとりの力で日本のクリエイションを変えることなどできないし、ほかの人に同じことを求めようとも思わない。理解してくれる人だけが理解してくれればいい、と。ただ……、思うんだよね、僕ってたぶん「面倒臭い」って思われているだろうなあ、って(笑)。

MASARU

面倒臭いところが、僕は好きなんですけど(笑)。TAKUさんが素晴らしいと思うのは、フォトグラファーやスタイリスト、メイクの人たちから、圧倒的な支持を得ているところ。僕自身もファンです。




TAKU

僕にとっては、モードとコンサバの垣根もないし、ヘアとメイクを分けることとヘア&メイクを一緒にすることも、どちらが上とか下とかない。ただ、僕の場合は、ヘアとメイクは、作業としてはまったく違うと思っているんだよね。ヘアは、汚していく作業。メイクは、磨いていく作業。顔に触れるのと髪に触れるのを同じ手で行うのは、効率が悪いなあって。

MASARU

ご自身のサロンも好評ですよね。サロンワークで創る女性像と、クリエイションで創る女性像と、違いはありますか?

TAKU

一緒だね。サロンワークのクライアントは「カスタマー」、クリエイションのクライアントは「広告主」であり「出版社」。クライアントをハッピーにするというスタイルは変わらない。

MASARU

最後に、TAKUさんにとっての美とは?

TAKU

僕のヘアサロン名、『CUTTERS』には、「髪」を切る、「時代」を切る、「モード」を切るという意味を込めました。僕にとって、美とは、時代とリンクしていること……。だって、ときに、美しいものだけが美とは限らないでしょう? ただ、単体で美しさを語ることはできない、と。ある意味、僕はアーティストじゃない。部屋の中にこもって絵を描く人ではないからね。クライアントがいて、フォトグラファーやモデルがいて、その上で何かをプレゼンテーションすることが僕の仕事。だから、世界中のニュースを観るし、新旧問わず映画を観るし。それは、時代を切るため。結果、10年後見ても美しいと思えるようなものが創りたい。そう思っています。






TEXT :CHITOSE MATSUMOTO