ーかぶらない猫の話ー vol.4 美味しいものを探すこと

04 Oct,2022 #かぶらない猫の話




食欲の秋です。温度・湿度がこれだけ人体に影響を及ぼすものなのか、ということを年々実感しております。

若い頃(10代とか)はどんな気温だろうが食欲は常に高め安定だったように思います。それぞれの季節に美味しいものはちゃんとありますし。
しかし現在、春には花粉症および揺らぎを迎え、夏はバテながら暑さや冷房と戦い、冬は冷えに怯える齢になり、さらにそんなに沢山食べられなくなってしまったこともあり、美味しいものをめざとく見つけ、天高く馬肥ゆる秋を満喫したい欲は増すばかりなのでございます。



ところで「美味しいもの」ってなんだろう?と思います。何を美味しいと感じるかはもちろん人によって異なるわけで、つまりそこに個性が出る。すなわち自分にとっての「美味しい」を探求することは、自分のルーツや嗜好性、価値観を紐解き、かつ磨き上げていくことでもあり、感性を豊かにする方法のひとつなのかな、と。

私は30代くらいまで「美味しい」という感覚をそこまで磨いてきませんでした。どちらかというと、太ることに罪悪感があり、食べること=好ましくないことと捉えていたし、何か精神的な「穴」のようなもの──たとえば寂しさとか、哀しみのようなものを埋めるために食べることも多かったように思います。勿体無いことです。でも、昔の自分の精神性を考えると、労ってあげたい気持ちもあります。

30代以降、友人たちのおかげで美味しいものに多く触れることができ、今は「自分にとっての美味しいってこんな感じだな」となんとなく把握することができています。たとえば、おそらく前世のどこかでイタリア人だったのでは?と思うくらいに、オリーブオイルとニンニク、レモン、ハーブ、チーズが好きですし、おそらく前世のどこかでシルクロードの何某かだったのでは?と思うくらいに、胡椒カルダモンクミンコリアンダー八角実山椒……などのスパイスが好きです。
でも、それらを駆使して世にも美味しいものを自分で作るのが趣味ですとか、ここのオリーブオイルしか使いたくない!みたいなこだわりはあまり生まれず、そういった感じの美味しいお店(曖昧)に機会があったら行きたいですねくらいのテンションに落ち着いてしまいます。なんなのでしょうか。



そんな私の消極的な姿勢にビンタをくらわせ、しっかりせいと叱咤激励してくれるのが、さまざまなレシピ本です。レシピ本で重視するのは、なぜその人がそのレシピに行き着いたのか?のドラマが垣間見れるかどうか。そして美味しいもののために一手間かけたり、努力している様に感動してしまうのです。
そこで既にモトは取れているのですが、さらに真似して作れちゃう(←レシピ本の本来の存在意義)なんて、つくづくレシピ本はお得すぎる。それはそうと、こんな風に読み漁るのも、自分にとっての美味しいを探求するひとつの方法なんじゃないかと思っています。

取り揃えたレシピ本を眺めてみると、実に「おつまみ」を扱ったものが多いことに気づきます。イタリアやシルクロード出身とはいえ、パスタやピザ、カレーにはそこまで興味がないらしい。最近美味しさについて貪欲すぎて感動したのが、谷口菜津子さんの『スキマ飯』(KADOKAWA)という本です。漫画です。自分のために作る、レトルト以上・ごちそう未満のスキマ飯。缶詰、瓶詰め、コンビニのコロッケや駄菓子も出てくる。それらを「美味しい」に持っていくエネルギーと工夫、熱意が半端ないんです。レシピってほどじゃないと帯に書かれているけど、なんの。こんな風に食を楽しんでいいんだ!という開放感までもたらしてくれる良書です。谷口さんの姿勢に学ばせていただき、今年の秋は美味しいものをたくさん食べるぞと決意しております。

TEXT : AYANA