VOL.2 影

21 May,2021 #美容迷子は煌めいて


綺麗の正解って、何?
「ない」から見つからないのか、それとも「ありすぎる」から見つからないのか。
本当の綺麗を見失っている「美容迷子」も多いのではないでしょうか?
美を創り出すアーティストとして、美を分析するエディターとして、それぞれの立場で綺麗を見つめてきた濱田マサル×松本千登世の、こっそり聞いてほしい「ここだけの話」。
まるで「因数分解」するように、綺麗のピースを集めます。



VOL.2「影」



濱田マサル(以下濱田):
僕の会社のスタッフたちの間で、松本さんがくれるメールの文面がよく話題に上るんです。
最後に添えられる「気持ちのいい空ですね」のひと言に、心癒されると言って。

松本:
嬉しい!ただあのひと言は、自分に向けている気もしています。
仕事には、避けては通れない負の部分がありますよね?交渉や謝罪、ときにはクレームも。
どんなときでも最後の言葉で「今後ともよろしくお願いいたします」に切り替えられるから。
じつはこの習慣、私の人生史上もっとも「生意気」だった時代の経験が生きているんです。

濱田:
生意気!?
皆が興味を持つのは、そういう「影」の部分だと思うんですよね。
光が当たる部分だけが目に留まるけど、光は影があるから際立つもの。
僕たちはそこに、共通項を見出しやすい気がします。

松本:
初めて就いた仕事がキャビンアテンダントだったんですが、フライトの最後に、マニュアルの挨拶に加え、天候や行事に触れるオリジナルの言葉を添えなくちゃいけなかった。
それが嫌で嫌で(笑)。
えっ、誰もがわかっているのに、なぜ?と。
でも、冷たい空気だと伝えることでコートを羽織れるかもしれない、雨上がりであることを伝えることで足元に注意できるかもしれない、尊敬する先輩にそう諭されて、生意気な自分を恥ずかしく思いました。
最近、この話をよく思い出すんです。

濱田:
僕なんて、生意気じゃなくなったのはつい最近...。
アシスタント時代も含め、ヘア&メイクアップアーティストになってからというもの、忙しい日々が続いていて、その間にすべてが「当たり前」になっていたんです。
体調を崩したことで、当たり前でないことに気づかされた。影が学びになったんですよね。
人間ってね、影のときのほうが育つと思うんです。

松本:
どきりとしました。
以前、あるフォトグラファーにこっぴどく叱られて。
「私がいてもいなくてもページはできる」と自虐的に話したら「フォトグラファーもアーティストもスタイリストもモデルも、オーケストラに喩えると『ソリスト』。
素晴らしい音楽にするか、つまらない音楽にするか、その鍵を握るのは指揮者である編集者」と。
私は謙遜するふりをして、責任を放棄していたんです。
卑下は自信過剰と同じくらい、利己的だと気づきました。
矛盾するようだけれど、それが転機になり、仕事に対していい意味でわがままになりました。
素晴らしいと信じられるものだけを、まっすぐに伝えようと。

濱田:
製品作りの姿勢もまさに、同じです。
自分が心底いいとか好きとか思えていないものは、過度な自信を持とうと頑張りすぎて空回りするんですよね。
それはお客様に伝わるし、絶対にしたくない。
これは違うという「警報」を敏感に感じ取るためには、ひとつひとつの企画や商品に丁寧に向き合って、決して流さないことが大事だと思っています。

松本:
そこに「いい」や「好き」がなくても、経験や年齢でとりあえず体裁を整える術を身に着けてしまった。
それでは、決して人の心を動かせないと知っているのに。

濱田:
信頼し、尊敬できる仲間と一緒に仕事をすることも大切だと僕は思います。
辛さや苛立ちも含めて、思うようにならないことを一緒に経験ができるのは、振り返ったときに学びになっている。
商品が売れることは決してゴールではなくて、日々のプロセスを大切にしたい。この環境を本当にありがたく思っています。

松本:
職業柄、美しい人たちにたくさんお目にかかるのですが、その多くに共通して感じることがあります。
それは、敬意が感謝を生む、感謝が敬意を育てる、そして、敬意と感謝がぐるぐると巡っている人が大人になるほどに美しくなっている、ということ。
ただ、マサルさんがおっしゃるように、この巡りって影によって作られている気もするんです。
傷ついたこと、傷つけたこと、いろいろな負の感情がその人の魅力を大きくしている、と。気づきをくれる仕事に感謝をしています。

濱田:
僕にとって、働くこと=生きること、生きること=学ぶこと。
学びがくれるのは、人生を「生きやすくする」ことだと、最近思うんです。
自問自答の日々が、次第に自分を操縦しやすくしてくれている気がして。

松本:
確かに!若いころよりも今のほうがずっと自分を扱いやすい。
学びをくれる影が愛おしくなってきました。



TEXT : CHITOSE MATSUMOTO